潔く誰かを愛すること
男女だけに関わらず、家族、友達、他者との間に生まれる愛のカタチ
個人個人がそれぞれの愛し方で相手と関わります
人が他人を愛する
人が他人以外の生き物を愛する
どんな関係性にせよ「愛する」と決めた瞬間があります
そしていつからか「愛することの難しさ」を感じる時を持つようになります
それは繰り返し訪れたり
時には怒涛の如く押し寄せてくる感情と共にやってきます
愛すること、恋をすること、はとても運命的で宿命的で、一度その感情に入り込むと
厄介なエゴ(自己愛、利己的な愛)も飛び出し、苦悩したり、一喜一憂したり、
それでも「愛する」自分を守ろうと必死になったり
自分しか観えていない、ことに気が付かずに、相手を責めるままで傷つき、傷つける
「愛する」、ということは現在進行形なんですよね LOVING・・ING・・なんですよね
そして、進行形で在り続けるためには
「愛し続ける」ことが必要になるわけで
でも、愛の深さによっては進行度合いも違ってくる
もし、その愛が深い、ならば、その根底には
先ずは、ある瞬間、ある時から、
「愛し続けることを決意した」という、能動的な覚悟ができた、ってことじゃないかな?と思います
相手の中に、貴方が貴方の世界で受け入れられる神聖な領域をもっていることに惹かれ、
でも、そうでない領域にも触れたから拒絶するのではなくて
相手の生きる領域、相手の存在そのものに、神聖さを感じ受け入れることを決意した、ということ
その覚悟って、無責任に出来ないことですよね
それだけの覚悟をした「愛することを決意する」他者への愛
ある意味めっちゃ潔くなきゃね
出来ないよね
「そんな愛なんて理想だよ~(/ω\)」って言いたくなっちゃうよね(笑)
けど、それだけ他人を愛する、愛し抜くことができた人生だったら本望かもです
今、貴方の目の前に、周りに在る愛のカタチを大切に育てる潔さ、から始めてもいいんじゃないでしょうか?
ローマは1日して成らず
愛は継続なり
ちゃんと愛すること、を積み重ねる日々が、きっとそんな理想に近づく道になる・・のかな、と思うのでした
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